気づいた人からきれいになれる。

NEW2019.4.18

第1回

出稼ぎ生活5年目にして思う、
地図なき道を行く自由と孤独
その1

life style

文・小島慶子

 四年前から、私の人生は二つになりました。こんな具合に。
 朝、早春の日本を発つときには、テレビに出たり物を書いたりしている人物として、多少は顔と名前を知られています。言葉に不自由することはありません。
 ところが夜、オーストラリアの空港に降り立つと、現地でお金を稼ぐ手段のない、寄る辺ない身になっています。言いたいことの半分も言えません。コートは小さく丸めてバッグにしまい、Tシャツ姿で胸いっぱいに夏の終わりの空気を吸い込みます。時の流れは1時間遅くなっただけなのに、季節は逆になり、立場も180度変わってしまうのです。
 きっかけは、夫が仕事を辞めたことでした。どうせなら、辞めたからこそできることをしようと、一家で教育移住を決断。行き先は、私の出生地でもあるオーストラリア・パースです。南半球は草木も花も、星座だって違う、まるでパラレルワールドのよう。東京から飛行機で8000キロ南下しただけで、全く違う人生が待っていました。
 蜜と牧草の香りがするパースは、インド洋に面した美しい街です。白い砂に打ち寄せる宝石のような波を眺めるだけでも幸せな気分になります。だけど生活するとなると、やはりいろいろ大変です。
 バイリンガルではない私は、テレビのニュースはなんとかわかっても、世間話ではしょっちゅう置いてけぼり。現地で働いているわけではありませんから仲間もおらず、自己紹介の時にも、日本での実績は何一つ役に立ちません。いわば謎の東洋人です。学歴もキャリアも、全てが白紙になりました。
 移住して丸4年。息子たちは豪州の教育が性に合ったようで、のびのびと育っています。夫も英語を勉強して、めきめき上達しました。出稼ぎ母さんが一家を支える選択をしたことに悔いはありません。だけどときどき、無性に寂しくなるのです。東京の出稼ぎ部屋で夜中に一人キーボードを叩いているときや、朝起きてカーテンを開け、ビルの窓々を眺めるときなんかに、すうっと心がすぼまって、冷たい淵の底に沈んでしまう。
(つづく)

こじまけいこ

1972年生まれ。エッセイスト、タレント。学習院大学を卒業後、1995年TBSに入社。
2010年退社。テレビ・ラジオ出演、連載多数。著書に小説『ホライズン』(文芸春秋社)、『わたしの神様』(幻冬舎)など。エッセイに『るるらいらい』(講談社)など。
現在は、家族(夫と2人の息子)の拠点をオーストラリア・パースに移し、日本と往復する生活。