気づいた人からきれいになれる。

NEW2019.8.28

第4回

私はいつ、女であることが生きづらいと思ったのだろう その2

life style

文・小島慶子

 でも、いわゆる女の子向けのおもちゃが嫌いだったわけじゃないんです。キラキラのついたピンクのメイクボックスや、リカちゃんや、キキララなんかも大好きでした。それは光ったりカラフルだったりつるつるしていたりするものが好きだったからで、同じ理由でミニカーやプレイモービルも好きでした。当時私は「女の子のものが好き」という選び方はしておらず、見てうきうきするものを選んでいただけです。リカちゃんで遊びながら「ああ、女って楽しい」なんて思う子どもはいないでしょう。
 では一体いつから私たちは「ああ女って楽しい」なんて思うようになるのでしょう。誰が「女であることは特権なんだよ」なんて刷り込むんでしょうね。多分それは、女であることは生きづらいと感じるようになってからだと思うのです。
 では自分はいつ、女であることを生きづらいと感じただろうと思い返せば、初潮を迎えた日だったのではないかと思います。母の言葉が衝撃的でした。「これからは、悪いことはできない体になったわね」祝福の言葉を期待していたのですが、性的な成熟は潜在的に罪を背負うことだと宣告されたのです。女って、原罪なんだ。ショックでした。けれど、第二次性徴が遅く、初潮を待ちわびていた私にとって、生理中は自分が大人であることを感じられる喜びの時間でもありました。自分の体がそれまでとは不可逆的に変化したことを実感してワクワクしました。同じ自分なのに、以前とは違う体を生きているというのが、ちょっとした自由の証しのように思えたのです。
 思うようにならない体を、しかし所有しているのは自分であるという矛盾した喜び。生理痛がひどかったりすると、うんともすんとも言わなかったやせ馬が、急に手に負えない暴れ馬になったような気分でしたが、しかし自分は打ち身だらけでもそれを乗りこなしているのです。なんと誇らしいことか。
 しかしそれはまだ、女という社会的な役割を負うことの痛みではありませんでした。背ばかり伸びて、薄べったい体型のままの私でしたが、体型のコンプレックス以外は、女であることを意識することはありませんでした。女子校ゆえ性別で役割が決まることもなく、仕切るのが得意な人は仕切り、盛り上げるのが得意な人は盛り上げ、力持ちは力仕事をするのが当たり前。そのとき誰も「女なのに」なんて言わないし、そんなこと思ってもみませんでした。つまり私たちはみな、ただ人間であったのです。
 それがあまりにも当然だったため、私はなかなかモードを切り替えることができませんでした。大学に進学して共学になってからも、仕切り、盛り上げ、言いたいことを言い、したいようにしていました。経済的な自立を志して、男性と全く同じ待遇の正社員になってからも、その調子でした。そしてようやく違和感に気づいたのです。「女子というロールがある」と。

こじまけいこ

こじまけいこ/1972年生まれ。エッセイスト、タレント。学習院大学を卒業後、1995年TBSに入社。2010年退社。テレビ・ラジオ出演、連載多数。著書に小説『ホライズン』(文芸春秋社)、『わたしの神様』(幻冬舎)など。エッセイに『るるらいらい』(講談社)など。
現在は、家族(夫と2人の息子)の拠点をオーストラリア・パースに移し、日本と往復する生活。