気づいた人からきれいになれる。

NEW2019.8.28

第4回

私はいつ、女であることが生きづらいと思ったのだろう その3

life style

文・小島慶子

 全ての働く女性が経験するであろう「男並みに働き、男が喜ぶ女子ロールもこなせ」という理不尽な要求への違和感。女性アナウンサーというのはそのロールの体現自体が職業でしたから、私は生まれて初めて、自分が社会的に女であることの壁にぶち当たりました。なんだこれ、全然対等じゃないじゃん。
 その頃からでしょうか。雑誌の記事や化粧品の広告などで「女を楽しむ」「女の喜び」「女であること」などの文字に目が行くようになりました。まるで苦手な食材を好きになるためのレシピみたいに、そこには自分が女性であることに意識を集中し、それがいかに素敵なことであるかを謳う文言が溢れていました。これにすがれば、自分を肯定できるかもしれない。甘美でキラキラした響きは、誰のためでもなく、自分のための女性らしさなんだと思わせてくれました。
 そんなわけで、私はメイクに目覚めたのです。月並みな色使いでは飽き足らず、白やシルバーラメのマスカラをつけたり、目の下にネイル用のストーンを貼ったり。そんな突飛なメイクのアナウンサーはいませんでしたからひんしゅくを買いました。すると今度は反動で、髪をショートにして真っ黒に染め、すっぴんにレッドウィングのワークブーツと迷彩のフリースというスタイルに。その後は細眉になったり、コンサバにふれたり。
 37歳で会社を辞め、アナウンサーという役割も廃業して、いまは女性の役割からほぼ自由になりました。まるで解放宣言のようにここ数年は普段ノーメイクで過ごしていましたが、最近、また薄くファンデを塗り始めました。ちょっと肌が荒れた時に、カバーするつもりで久々につけたファンデ。水ベースの優れた新作がいろいろ発売されているんですね。
 いま、ファンデをつける一番の理由は、心地いいからです。肌が潤い、顔色が良く見えるから。女を楽しむためでも、否定するためでもありません。気に入った服を着る時みたいな感じ。ここまでくるのに45 年。今の自分の顔が、一番好きです。
 女性であることは私を私たらしめているものの一つではあるけれど、それは他者の要求に応えるためのものでも、自分に言い聞かせるものでもありません。私が知っている女は、私だけ。鏡を見るたびに、そう思います。

こじまけいこ

こじまけいこ/1972年生まれ。エッセイスト、タレント。学習院大学を卒業後、1995年TBSに入社。2010年退社。テレビ・ラジオ出演、連載多数。著書に小説『ホライズン』(文芸春秋社)、『わたしの神様』(幻冬舎)など。エッセイに『るるらいらい』(講談社)など。
現在は、家族(夫と2人の息子)の拠点をオーストラリア・パースに移し、日本と往復する生活。