気づいた人からきれいになれる。

NEW2020.1.15

第5回

旅先のアムステルダムで思い出す、過去の旅の寄る辺なき風景 その2

life style

文・小島慶子

 運河巡りのディナークルーズでは、慣れない英語での雑談で食べるそばからカロリーを消費しつつ、川縁のおっしゃれな水上住宅に刮目。水面と同じ高さの素敵なリビングでグラス片手に新聞を読んでいる住人たちには、いったい世界はどんな風に見えているのだろうと胸がときめきました。
 仕事の旅は同行の人に気遣いもするし、一緒にいる時間が長ければ自然と個人的な色々も見えてしまうもの。かといって友情が芽生えるわけでもなく、彼女の生きている世界では私は悪役なのかもしれないなあとか、彼女も誰かのかけがえのない人なのだよなあと、人と人の間のどうにもならないものなんかについて考えているうちに夜は更けて、ホテルの部屋でひとり教会の鐘の音なんか聞くと、ふと寄る辺ない気持ちになりました。自然と過去のいろんな旅の風景が思い出されます。
 人生最初の一人旅は17歳で行ったニューヨーク。1989年のことです。現地に住んでいる姉夫婦のもとで夏休みを過ごしました。のちに9.11で崩壊してしまった世界貿易センタービルの屋上展望台で眺めた景色が忘れられません。街の喧騒を乗せて頬を撫でる風は未来から吹いてくるように思えました。その翌年に母と行ったのは父の単身赴任先のインドのニューデリー。リビングとダイニングがいくつもあるお屋敷には、何人もの使用人がいました。にわかお姫様となった私は、一番小さなリビングで夜中に本を読んでいるときに、目の前に活けてある熱帯の花が開花する瞬間を目撃してしまいます。それはその後経験したどんなことよりも、官能的な出来事でした。
 1994年、大学4年生の夏に、再び1人でニューヨークを訪れました。今度は現地で映画の勉強をしている友人を訪ねて。SOHOの小さなアパートメントの彼女の部屋で、夜中まで夢を語り合いました。その部屋のすぐそばには、人気の新しいデリがありました。毎日美味しいチーズやハムを買ったっけ。それがDEAN&DELUCAでした。まだ日本に上陸するはるか前のことです。次にニューヨークに行ったのは2000年。テレビ番組のロケの合間にこっそり5番街に通って、秋の披露宴で履くウェディングシューズを買ったのでした。

こじまけいこ

こじまけいこ/1972年生まれ。エッセイスト、タレント。学習院大学を卒業後、1995年TBSに入社。2010年退社。テレビ・ラジオ出演、連載多数。著書に小説『ホライズン』(文芸春秋社)、『わたしの神様』(幻冬舎)など。エッセイに『るるらいらい』(講談社)など。
現在は、家族(夫と2人の息子)の拠点をオーストラリア・パースに移し、日本と往復する生活。