気づいた人からきれいになれる。

NEW2020.1.15

第5回

旅先のアムステルダムで思い出す、過去の旅の寄る辺なき風景 その3

life style

文・小島慶子

 大学4年の秋には、ケンタッキーに留学していた友人の元へも行きました。アメリカ南部の小さな町の人々の眼差しには、初めて経験するトゲが含まれていました。でもそんなことより、私は直前の関西旅行で知り合った学生のことで頭がいっぱいでした。やがて卒業間際の3月に、彼と山陰を各駅停車で旅することに。出雲大社のすぐ近くに、神様が相撲を取ったという稲佐の浜があります。そこからちょっと海沿いを歩いて崖の上で並んで風に吹かれていたら、互いの未来は無限に開けているような気がしました。結局付き合うみたいな形になって、一緒に出かけたサイパン旅行。体験ダイビングで初めて見た海の中は天国のようにきれいだったけど、何かがちょっと違う、という気もし始めていたのでした。
 そんな彼とは案の定自然消滅して、しばらくは会社の同期と付き合っていました。ある時、喧嘩で意地を張って私が連絡を絶っている間に、彼が昔片思いしていたという女の子から連絡があり、2人は意気投合。「このタイミングで彼女から連絡があったのは運命だと思う」と振られてしまいました。失恋旅行は学生時代の友達と3人でハワイ島のダイビングツアーへ。夜な夜な元彼の名前を呼んで泣く私をそっとしておいてくれた、というより放置した友人たち。話を聞いたら長くなりそうなのがわかってたんだろうなあ。
 だけど、夜の海に潜り、闇の奥から現れた巨大なマンタたちが間近で腹を見せてぐるぐる泳ぐのを見ていたら、元彼のことなんかどうでもよくなりました。失恋なんてマンタの背に乗せて太平洋の闇に葬ってしまえと、暗い海に消えていく偉大な後ろ姿を見送ったのでした。
 夫と知り合ったのはそのあと、南米ペルーでロケをした時のことです。標高5000メートルのガードレールもない崖道を延々車で行く旅。空は黒味を帯びた群青色のドーム型で、右手には険しい岩肌、左手には1000メートルも落ち込んだ白茶けた谷間。空気の薄い高原で草地に座れば足元には鮮やかな丸っこい野生のサボテン。命からがら下界に降りると、薄緑色の荒波が玉石の浜に打ち寄せる人気のない海岸の砂丘に野ざらしのミイラ。歩けばパリパリと骨片の砕ける盗掘後の墓地遺跡は、風がひゅるひゅると耳元で鳴って、子供を抱いて足元に横たわるすっかり乾いた紀元前の女性と水気を帯びた私の間には、いかほどの違いもないことを教えてくれました。 危険な場所では恋に落ちやすいという吊り橋効果でしょうか、ロケが終わって3ヶ月後には、彼の家に転がり込んで同棲を始めていました。その旅が自分にとってどんな出来事であったのかは、しばらく経ってからでないとわからないものです。静かに澱が沈むように、記憶は次第に澄み渡り、日ごとに色濃くなる異国の景色。アムステルダムは、私に何を刻んだのでしょう。不思議なことに私はもうあの街に、懐かしさすら感じているのです。

こじまけいこ

こじまけいこ/1972年生まれ。エッセイスト、タレント。学習院大学を卒業後、1995年TBSに入社。2010年退社。テレビ・ラジオ出演、連載多数。著書に小説『ホライズン』(文芸春秋社)、『わたしの神様』(幻冬舎)など。エッセイに『るるらいらい』(講談社)など。
現在は、家族(夫と2人の息子)の拠点をオーストラリア・パースに移し、日本と往復する生活。