気づいた人からきれいになれる。

NEW2020.4.10

第8回

古い男友達が父親になって考えたこと。 その3

life style

文・小島慶子

 子供の頃に彼に会いたいと思ったことも、彼の母親みたいな気持ちになったこともありません。彼が胸の内に秘めた肥大化した自己イメージも臆病な本音も、私にとっては無から生じた奇跡の一部ではなく、人生の途中で出会った歪な人間の有様の一つに過ぎません。そこが息子たちとの関係との決定的な違いです。私は夫もまた親にとっては世界にひとつだけの奇跡であるということを、どうしても実感することができないのです。彼のことが大好きでたまらなかった時期にも、そのように感じたことはありませんでした。ただ自分にとって快適な他者として、私は彼を手に入れたいと思ったに過ぎません。と気づいてみれば、私が古い男友達との結婚生活を想像して「案外いけるかも」と思ったのは当然でしょう。彼もまた、私にとっては生活を快適にしてくれそうな伴侶であるように思えたからです。それ以上の、男に対する人間としての眼差しが私にはないようなのです。
 なぜ?男に対してこんなにも無関心なのは、身近に出張がちな父以外の男性がいなかったせいなのかしら。それとも女子高育ちだから?胸の奥底深くに、成人した男たちへの絶望みたいなものが、ずっと蹲(うずくま)っている気がします。たかが性別じゃないか。人間なんてそんなに本質は違わないはずなのに、なんで男だというだけで眼差しの温度がこんなにも冷めてしまうのか。
 まだ、その謎は解けません。かつて私にとって未知なるものだった男たちは、今は絶望を孕んだ異物として認識されているのかもしれません。でも息子たちだけは、記号化された性別ではなく、一個の独立した他者のありようの一つとして目の前に立ち現れるのです。彼らは男という種族の一部ではなく、世界に一人の名前を持った人間です。その抱え持つ多くの要素の一つが男であるというにすぎません。息子たち以外の男のことは、どうしてもそのように見ることができないのです。
 理屈を並べすぎたかな。それが親の愛ってもんだよとか、すごく雑に片付けられてしまいそうな話なんだけど、そうね、雑に片付けておいたほうがいいのかも。掘れば必ず泉が湧くとは限らないもんね。古い男友達が父親になりました。彼の子供もまた、男の子でした。たったそれだけのことが、こんなに気持ちを動かすとは思ってもみませんでした。やっぱり彼は私にとって大事な友人なのだと思います。男女にかかわらず、こんな風に自分に問いを投げかけてくれる存在って、なかなかいないですもんね。
 夫にも、そんな女友達がいればいいなと、ふと思ったのでした。

こじまけいこ

こじまけいこ/1972年生まれ。エッセイスト、タレント。学習院大学を卒業後、1995年TBSに入社。2010年退社。テレビ・ラジオ出演、連載多数。著書に小説『ホライズン』(文芸春秋社)、『わたしの神様』(幻冬舎)など。エッセイに『るるらいらい』(講談社)など。
現在は、家族(夫と2人の息子)の拠点をオーストラリア・パースに移し、日本と往復する生活。